20年前不登校だった私が体験談を語るブログ

「行きたくない」を「生きたくない」に置き換えて

『天使のナイフ』薬丸岳 -読書感想文-

私が読書を好む理由は
「学びを得られる」「他人の人生を擬似体験できる」
という二点に尽きるのだけれど

この擬似体験という点において、たった一冊でここまで読者に様々な人間の内面を体験させてくれる作家はそういないのではないか。

前回読んだ同作者の『神の子』がとても良かったので
手に取ったこちらのデビュー作

神の子と同様に、こちらの作品も
「少年犯罪と更生・贖罪」がテーマである

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ある日突然、面識の無い中学生の少年達に妻を殺され、幼い娘が生きていた事だけを心の支えとしている男性の視点で物語は進む

被害者である自分はマスコミに名前や顔や職場までが晒され
世間から心無い中傷を浴び
妻は二度と子どもを自身の手で抱く事も
成長を見守る事も出来なくなった 

それなのに、自分達を地獄に落とした少年達は
少年法」によって個人情報が守られ
「更生」の名のもとに人権擁護派の大人から
未来をやり直す権利が与えられる

様々なものが守られ
被害者の無念や被害者遺族の慟哭を知る事もなく
生きて行く道が保証される少年達は
果たして本当に他者の命を奪った罪の重さを理解する事が出来るのか

ましてや「少年法」を逆手に取り
未来が保証される事を理解した上で犯罪を犯している少年達に
更生の機会を与える事は本当に個人や社会にとって意義のある事なのか

自分の犯した罪やその当事者から少年を遠ざける事は
真の更生や贖罪からも遠ざける事に他ならないのではないか

更生教育とはどうあるべきか
真の更生とは何なのか
罪を償うとはどういう事なのか

少年法の権利と更生の在り方
更生の理念でもある少年が罪を犯してしまう背景
罪と密接に関わる贖罪

それらについて、この作品は
被害者と加害者の心情や犯罪の経緯を様々な角度から照らし
読者に両者の視点の擬似体験をもたらしてくれる。 

本当は立ち止まってしっかりと考えなければならない事であっても
日々に追われ、当事者や専門家でもない限りは時間と共に忘れてゆく物事に対して
その場にずっと立ち止まり更生と贖罪について考え続けた作者の信念は
さながらルポライターのようでもある

このような物語の綴り方をする作家は
私の数少ない読書知識の中では天童荒太氏という作家が群を抜いていおり
私は、天童氏の人物像の掘り下げ方や一つの問題に対して読み手が心配になるほど真摯に向き合う姿勢は唯一無二のものであると感じていたのだけれど
これからは、そこに薬丸岳氏も加わる事となる気がする。 

【余談】
こちらの作品は江戸川乱歩賞受賞作なのですが巻末にその賞の経緯と選考委員の書評が載っています。しかも本作だけでなく最終選考に残った5作品の書評が書かれています
それが大変興味深かったです。